東日本大震災から2ヵ月後の2011/5/1、昇る朝日の中に浮かび上がった壮絶な風景は、今でも心に強く残っています。
そこにあったはずの町がそっくり消え、黒焦げた瓦礫の町が拡がっていました。
個人で関わりのあったボランティア団体の関係で、初めて訪れた岩手県大槌町。
避難所で生活されていた皆さんの炊き出しで伺わさせていただいていました。
ボランティアの私たちに気さくに声を掛けて下さった被災地の男性Tさんと、帰京後も関わりを持たせて頂き、個人的にずっと寄り添って行きたいと思っていた町です。
被災地へ企業主催の科学教室を提案させていただくにあたり、その方を通じて、大槌中学校をご紹介頂き、科学教室の主旨に学校側も賛同してくださり、数ヵ月の準備を経て、2012/2/17、私たちを含めた総勢11名で、中学二年生を対象に、最先端の電池の実験を授業の一貫として開催することが出来ました。
大槌町にあった小中学校は全て被災したため、津波から逃れたかつての弓道場の跡地に、プレハブの小中学校が建設されていました。
仮設の体育館に自分の椅子と机を運んで貰い、子ども達は7人ぐらいのグループに分かれ、白衣と手袋、ゴーグルを着用してもらいます。友達の奇妙な格好に自然と笑いも起こります。
まずは、発電の原理をスタッフの講師から学びます。写し出されたスライドを興味深く見つめる子どもたち。
実験は楽しいものです。みんな真剣に講義を受けています。
そして、役割分担の末、皆で協力して発電実験を行いました。
身近なものからの発電に驚いている子、難しい原理を何となく理解して、興奮している子、別のことが楽しくて友達とはしゃいでいる子。中学生らしい反応が微笑ましくもありました。
被災後、電気の復旧には多くの時間が必要でした。身近にあるものの特性を知り、組み合わせることで必要なものが産み出せるということ。子どもたちが、この実験を通して、学ぶこと、想像することの大切さを知ってくれたら。
笑顔の子どもたちを前に、強く願わずにはいられません。
後日送っていただいたアンケート結果は、満足度も高く、嬉しいものでした。
将来、科学が進歩したら何がしたいですかという問いに書かれた、お母さんに会いたいという回答。笑顔の奥にある想いを、私たちはきちんと心に刻まなければならないと思いました。
皆さんお名前の入った修了証と記念品をお渡しして、担当の先生からも、別室でお話をさせていただいき、こういった科学教室とういう形での支援は初めてで、画期的なこと、中学生ではなく、高校生対象でもいいのかもというアドバイスもいただきました。
授業終了後、一部のスタッフが大槌町に残り、前述のT さんが、町の中を案内してくれました。震災遺構としての保存が検討されている大槌町庁舎、駅があった場所、病院跡。
震災後1年を経ても、生々しい姿が至るところにあります。復興に向けた町の取り組みを、住民としての故郷への想いを、静かに語ってくれました。
科学を通して、被災地の子ども達への支援をこれからも続けて行こう。
そんな決意を持った二日間でした。